秋葉原殺傷事件から1ヶ月
あの悲惨な秋葉原殺傷事件から早1ヶ月たったんですね。事件以降折に触れてニュース番組やワイドショウで取り上げられていますが、正直この事件についても、先行した通り魔事件というものに関しても、どう表現していいかいまだにわかりません。
ただ、この事件に共感する若者が多いということは気になります。共感するといっても、この事件を模倣して殺人予告を携帯メールに書き込んだ輩は論外です。これは殺人行為を自分のストレス解消手段と錯覚した馬鹿者たちです。
犯人が反抗に至る前まで、携帯メールに残した日記というか、つぶやきというか、この断片的な記録を自分の見に置き換え、共感する若者が多いということは想像に難くありません。理解できないにしても・・・
しかし、共感することは間違っているとはいえます。なぜなら、彼が残した犯行直前までの言葉には、殺人を犯すことへの惧れや逡巡が全く感じられないからです。
彼は、警察にメールを読んだ誰かにとめてもらいたいと思っていた、と話しているそうですが、彼のメールからは彼が人を本当に殺そうと考えていたとは、全く読み取れませんでした。大事件を自ら引き起こそうとするような、深刻さや迷い、そうせざるを得ないと思い込んだ苦しみなどを全く感じ取れないからです。
自分の境遇や今の生活に不満や不安があったにしても、普通に働き生活していた普通の人から、多くの全く無関係の多くの人を殺そうとする人とが、いとも無造作につながっています。殺人のためにナイフを買った店のビデオでも、彼の姿には、これから人を殺すための道具を買っているという後ろめたさなんて微塵も感じられませんでした。
彼は今後3ヶ月間精神鑑定を受けるそうです。これは私の勘ですが、おそらく何らかの精神障害は認められるでしょうが、その責任を負えないような状態ではなかった、という鑑定結果となるのではないか?
私自身は彼に対しそう思っています。
このような異常な事件に対し、何でも今の社会のありように責任を押し付けるのはナンセンスですが、粗暴犯でも暴力団関係者でもない普通の若者が、この社会で、ある日突然殺人者に豹変していることもまた事実です。
犯人を捕らえ、法の裁きを下せばそれで終わり、ということではなく、なぜこのようなことが起こったのかを研究する必要があります。単に銃刀法による取締りを強化しただけでは問題は解決しないと思うのですが・・・
この事件の直後に村上龍氏のJMMで米国在住の冷泉彰彦が「アメリカから見たアキハバラ」と題して取り上げていました。しかし、冷泉氏も事件の衝撃でコメントをまとめきれないため、感想や意見をメモの形で掲載しています。そのいずれもが、私には触発的でしたが、そのうちで今の日本を考えるためのカギになると思われるメモがありましたので引用します。
派遣という切り口から見ても、日本社会がいかに企業利益の追求のために法が歪められているかがわかるような気がします。
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ただ、この事件に共感する若者が多いということは気になります。共感するといっても、この事件を模倣して殺人予告を携帯メールに書き込んだ輩は論外です。これは殺人行為を自分のストレス解消手段と錯覚した馬鹿者たちです。
犯人が反抗に至る前まで、携帯メールに残した日記というか、つぶやきというか、この断片的な記録を自分の見に置き換え、共感する若者が多いということは想像に難くありません。理解できないにしても・・・
しかし、共感することは間違っているとはいえます。なぜなら、彼が残した犯行直前までの言葉には、殺人を犯すことへの惧れや逡巡が全く感じられないからです。
彼は、警察にメールを読んだ誰かにとめてもらいたいと思っていた、と話しているそうですが、彼のメールからは彼が人を本当に殺そうと考えていたとは、全く読み取れませんでした。大事件を自ら引き起こそうとするような、深刻さや迷い、そうせざるを得ないと思い込んだ苦しみなどを全く感じ取れないからです。
自分の境遇や今の生活に不満や不安があったにしても、普通に働き生活していた普通の人から、多くの全く無関係の多くの人を殺そうとする人とが、いとも無造作につながっています。殺人のためにナイフを買った店のビデオでも、彼の姿には、これから人を殺すための道具を買っているという後ろめたさなんて微塵も感じられませんでした。
彼は今後3ヶ月間精神鑑定を受けるそうです。これは私の勘ですが、おそらく何らかの精神障害は認められるでしょうが、その責任を負えないような状態ではなかった、という鑑定結果となるのではないか?
私自身は彼に対しそう思っています。
このような異常な事件に対し、何でも今の社会のありように責任を押し付けるのはナンセンスですが、粗暴犯でも暴力団関係者でもない普通の若者が、この社会で、ある日突然殺人者に豹変していることもまた事実です。
犯人を捕らえ、法の裁きを下せばそれで終わり、ということではなく、なぜこのようなことが起こったのかを研究する必要があります。単に銃刀法による取締りを強化しただけでは問題は解決しないと思うのですが・・・
この事件の直後に村上龍氏のJMMで米国在住の冷泉彰彦が「アメリカから見たアキハバラ」と題して取り上げていました。しかし、冷泉氏も事件の衝撃でコメントをまとめきれないため、感想や意見をメモの形で掲載しています。そのいずれもが、私には触発的でしたが、そのうちで今の日本を考えるためのカギになると思われるメモがありましたので引用します。
───アメリカの「格差社会」を導入したから日本の雇用環境が閉塞したというのは実は間違っている。少なくとも、アメリカの場合は「フルタイム」と「パートタイム」、「直接雇用」と「派遣」の間で、時給換算の給与水準の格差はない。だから「ワークシェリング」という話も現実味がある。ちなみに、アメリカの「派遣」というのは、雇用主が小規模なので「人事関係の事務手続きコスト」が払えないとか、「時々変わっても良いから有能な秘書がコンスタントにいて欲しい、でも採用広告などの一時的なコストは払いたくない」という「ニーズ」に応える形で発達しているものだ。勿論「人件費削減」という動機のものもあるし、逆に「常に技術的に最先端の知識のある人材を(入れ替えながら)維持したい」というものもある。だが、派遣というのはあくまで「ニッチ」であって、全体としては日本と比べれば堂々と直接雇用して、直接雇用の中で格差をつけ、必要なら解雇するという形になっており、派遣や偽装請負を使って人件費逃れをするような慣行はない。日本と比べればもっと冷酷だが、陰湿さはない。
JMM [Japan Mail Media] 2008年6月14日
派遣という切り口から見ても、日本社会がいかに企業利益の追求のために法が歪められているかがわかるような気がします。
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