新年明けましておめでとうございます。皆様には清々しい新年をお迎えのこととお慶び申し上げます。拙いブログですが今年もよろしくお願いいたします。
おかげさまで私も娘夫婦、息子夫婦とともに気持ちのよい正月を迎えさせていただきました。何よりの喜びは孫娘が元気にすくすくと育ってくれていることです。孫の成長を見守ることになによりも喜びを感じる、これも年齢のせいなのでしょうね。
新年の第一稿を不愉快なニュースで始めることは不本意ですが、どうにも腹が収まらないので勘弁願います。
元防衛相久間氏の新しい疑惑がでました。自民党総務会長だった当時に福祉用具販売会社の元監査役から1億円を無担保で借用していた上、氏が防衛庁長官就任(06年9月)後に公表した「国務大臣等の資産公開」でこの1億円を記載しておらず、大臣規範に抵触する疑いがあるとされています。
久間氏は「私的な借金で問題はない」と釈明していますが、借金の理由が双方で異なっていて、とても「問題はない」とは考えられません。しかも久間氏は全額を資金提供者が分からない預金小切手で受け取っていたことが明らかにされました。
守屋氏の接待疑惑で名前が出た時にもノラリクラリと疑惑をかわし、早々に病院に逃げこみ、マスコミの目が額賀財務相への疑惑に集中している間は入院して世間の目をくらまし、額賀氏への疑惑があいまいなり始めた途端に退院し口を拭っていました。
久間氏の言動を眺めた時、政治家としての特権意識の強さや傲慢さを感じます。
資産公開法は、国会議員に本人名義の借入金などを記載した「資産等報告書」の提出を義務付けており、大臣規範は本人だけでなく配偶者らの名義にまで公開対象を拡大している。久間氏は06年11月2日付の公表文書で借入金を「3808万3700円」としており、1億円は記載していない。久間氏は「記載しなければならないかもしれないが、実質は会社(アイメック)の借金なのでいいと判断した」と弁明した。 毎日新聞
久間氏は資産等報告書への記載義務は承知していた。しかし、自分勝手な言い訳で記載を怠っていた。罰則義務がないことも十分理解していたことだろう。インタビューでの氏の記者への人を食ったような釈明を読むと、ばれても逃げ切れるという政治家のあつかましさが鼻につきます。
ここには政治資金規正法などと同様、政治家自らが制定した法律を守ろうという順法意識などかけらも認められません。
近時、政治家による青少年への道徳教育の必要性が声高に叫ばれています。しかし、私には道徳が何故求められているのか理解できません。いわく「他人への思いやりがない」「親を敬わない」「礼儀作法が乱れている」等々いわれますが、私にはそれは社会の有り様の問題ではないかと思います。
憲法が義務付けている国民を守る義務を、「自己責任」の名の元に放棄した国家、自らの政権維持のため放漫経営してきたが故に生じた巨大な赤字を、行財政改革の名の下に利権構造は維持したまま国民に負担や痛みを押し付けて恬として恥じない政治、そんな政治のあり方がこの国の形を作ったとしか私には思えません。
古来政治は最高の道徳であるといわれます。しかし、この国の何人の人が「政治家は道徳的である」と言い切れる人がいるでしょうか?司馬遼太郎氏は「明治政府は維新を生き残った三流志士によって作られた」とどこかで書いています。その三流志士達は天皇を神に祭り上げ、権力を利用して蓄財や利権の確保に明け暮れました。政治の腐敗や軍部の専横に対する批判は天皇を盾にした権力で容赦なく弾圧してきました。
つまり、日本は近代国家成立の過程で「政治は最高の道徳」という理念を置き去りにしたまま現在に至っているのではないか?道徳とは下々が守るべき規範で政治家はそれに縛られることはないという、思い上がりが居座っているのではないかと私は考えています。
政治家が世襲されるということこそ、政治が道徳ではなく利権だと考えられている証でしょう。
久間氏に対しマスコミは過去の疑惑も含めて今回の疑惑を徹底的に究明し、警察や検察が動かざるを得ないように世論を喚起すべきです。また地盤である長崎県民の皆さんにも「しょうがない」発言に対する批判を含めて久間氏に「NO」の声を上げていただきたいと切に願っています。
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theme : 政治・経済・時事問題
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