聖徳太子ゆかりの斑鳩寺
揖保郡太子町鵤(いかるが)にある聖徳太子ゆかりの斑鳩寺に行きました。
縁起によると、606年(推古14年)、聖徳太子が推古天皇に勝鬘経、法華経などを講じ、感銘を受けた推古天皇は聖徳太子に播磨国損保の水田を与え、聖徳太子はこの地を斑鳩荘と名付け仏法興隆のため法隆寺に寄進されたとあります。一旦焼失しましたが再建後は天台宗に属したとのことです。
いかにも古びた寺院で、入り口は左右に仁王像が立つ仁王門です。

右の阿形像。やっぱり狛犬と同じで口が開いています。

左の吽形像。阿吽ともによく見る仁王様に比べると恐いお顔ではなく、どことなくユーモラスな風情です。

両像とも大きな草鞋がそばにおいてあります。時々外出されるのでしょうか?


講堂。「講堂」内には本尊である釈迦如来坐像・薬師如来坐像・如意輪観音坐像が祀られているそうです。

三重塔。重要文化財の指定を受けているそうです。

鐘楼。

聖徳殿。聖徳太子像が祀られているそうです。

奥殿。聖徳殿とつながっていて八角堂となっていて夢殿を思わせます。

仁王門近くに建っていました。聖徳太子の少年像でしょうか?

古色を帯びていますが、創建時は壮麗な大きなお寺だったことがしのばれました。
ブログランキングに参加中です。ポチッとお願いします。
↓


縁起によると、606年(推古14年)、聖徳太子が推古天皇に勝鬘経、法華経などを講じ、感銘を受けた推古天皇は聖徳太子に播磨国損保の水田を与え、聖徳太子はこの地を斑鳩荘と名付け仏法興隆のため法隆寺に寄進されたとあります。一旦焼失しましたが再建後は天台宗に属したとのことです。
いかにも古びた寺院で、入り口は左右に仁王像が立つ仁王門です。

右の阿形像。やっぱり狛犬と同じで口が開いています。

左の吽形像。阿吽ともによく見る仁王様に比べると恐いお顔ではなく、どことなくユーモラスな風情です。

両像とも大きな草鞋がそばにおいてあります。時々外出されるのでしょうか?


講堂。「講堂」内には本尊である釈迦如来坐像・薬師如来坐像・如意輪観音坐像が祀られているそうです。

三重塔。重要文化財の指定を受けているそうです。

鐘楼。

聖徳殿。聖徳太子像が祀られているそうです。

奥殿。聖徳殿とつながっていて八角堂となっていて夢殿を思わせます。

仁王門近くに建っていました。聖徳太子の少年像でしょうか?

古色を帯びていますが、創建時は壮麗な大きなお寺だったことがしのばれました。
ブログランキングに参加中です。ポチッとお願いします。
↓








